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ルアー釣りを始めたきっかけと現在

この記事は釣りアドベントカレンダー13日目の記事です!

今回は私のルアー釣りの歴史について書きます。歴史というか思い出ばなし。

小学生のとき

私が初めてルアー釣りに触れたのは小学3年生くらいのときでした。友達が近所の川にルアーを持ってきて、それを見てルアー釣りに興味を持ちます。当時はその近所の川でパンを使って鯉を釣るのが我々の間で主流でした。

チャンレンジの赤ペン先生からもらえるシールを40枚位集めてルアーとリールとロッドのセットをもらったり(当時はバス釣り全盛期くらいでそういう景品が流行っていた)、誕生日にロッドとベイトリール(セットで3000円位だったはず...)を買ってもらったりしながら徐々に道具を揃えていきました。

とにかく、「ルアーでブラックバスを釣る」ことに強い憧れがあったので、ルアーは「クランクベイト」や「ポッパー」、「スピナーベイト」など、いかにもルアーらしい(しかも色も派手なものが好きだった)ものを使っていました。学年x100円/月のお小遣いは大体ルアーに使っていました。

あと安くて使い勝手の良いワーム、おもり、針もよく買っていました(針は鯉釣りに使いまわせるし)。ワームはとにかく代表的な種類を一通り揃えたい欲求に駆られていました。というかルアーは全種類欲しかったし、条件に合わせて使い分けられるのがカッコイイと思っていました。

また、ルアー釣りの本も買っていました。ルアーの作り方が載っている本もあって自作も始めます。以下のような材料で作っていた。

  • 近所の建築屋さんが無償で提供している木材の切れ端
  • 金物屋で買った針金
  • ガン玉
  • ホームセンターで買ったエポキシ樹脂接着剤
  • 100均で買ったネイル
  • アクリル絵の具
  • コルクの栓

ちょっとお小遣いに余裕があるときは、仕上げのコーティング剤やルアー用の目玉シール、ルアー用のペラ等を買って使っていました。

というかアクリル絵の具で塗装とか今思えば正気じゃないですね。

それらの道具を持って、3〜4人くらいで自転車に乗り荒川の支流の1つであるビン沼川に通っていました。フラッシュが全盛で、「宇宙刑事ギャバソ」や「ハゲの歌」などを大声で歌いながら田んぼの中の道を自転車で走っていました(迷惑)。

しかし結局小学校在学中にブラックバスを釣り上げたことは一度もありませんでした...(ばらしたことはあった)。

また、ビックベイトという超デカイルアーにも憧れていました。これはバス釣り業界的にも決定的な流行る出来事があって、小学5年くらいかな?ちょうど私の誕生日かその前後に、誕生日のチキンを家で食べながら「釣りロマンを求めて」という土曜の夕方5時半くらいからやっていた番組を見ていました。

その回はちょうどバスフィッシングの回で(色んな魚が対象の番組)、場所は池原ダム(水が超透明)、釣り人は村田基(超有名な釣り人)、ルアーは初めて見る馬鹿でかいルアー(20cmはあるようなやつ)。カメラワークも工夫されていた気がします(高い視点から撮っていた)。

そんな馬鹿でかいルアーに、馬鹿でかいブラックバスがうようよ着いてきて、村田基が釣りまくるみたいな番組でとにかく衝撃的でした。それまで誰も(コアな人以外は)そんな常識はずれなルアーで釣れるとは思っていなかったわけで、それ以降「ビッグベイト」というジャンルが確立されバス釣りの雑誌が賑わっていました。

中学生のとき

中学生になると体力もついて自転車で割りと遠いところまでいくようになりました。大体20キロ圏内が主な探索範囲だった気がします。この頃はルアーの趣味は相変わらずでしたが、ヘビーカバー(水生植物などに厚く覆われた領域)へルアーをねじ込んで、釣っていくスタイルに憧れていました。

なのでヘビーカバーがあるような場所を探して通っていました。

ヘビーカバーつながりで雷魚フィッシングをとにかくやってみたくて、そのころちょうどインターネットの検索を覚えてきたころだったのもあり雷魚釣りサイトを巡っては掲示板に書き込んでいました(マスールさん元気かな...。多分同い年くらいだったと思うんだが)。ただ、埼玉県で雷魚をいい感じに釣れるスポットは無くて悔しい思いをする(大体愛知より西が盛り上がっていた)。

そんなあこがれを抱きつつも相変わらずいつもの感じで釣りをしていました。

初めてブラックバスを釣ったのも中学生の頃でした。5月にブラックバスが産卵期に入り、見えバスとして存在するエリアを発見し、そこに通えば確実に1匹は釣れることがわかりました。

高校生のとき

高校生になると更に活動範囲が広がります。短期バイトでマウンテンバイクを買って神流湖へキャンプ兼釣りをしに行ったりしていました。神流湖へは12時間位かかりました。その割には釣れなかった...。

また、このころから中学生の頃発見した確実に釣れる産卵スポットが釣れなくなってしまいました。地形がなんか変わってしまい、居場所が変わった感じ。

全体的にルアー、ロッド、リールの質も上がり、この頃からラバージグとトップウォーター、クランクベイト、スピナーベイトに使うルアーが絞られてきました。

大筋は小学生の頃から変わっておらず、ミノーやバイブレーション等のルアーはあまり使ってなかったです。なんとなく。嫌いではないんですけどね...。

あと野池にハマっていました。野池で釣をすることに憧れがありました。というのも近所には川しか無くて、川は線なので徒歩だと岸の範囲が無限なんですね...。到底回りきれないし、広すぎて(長すぎて)いまいち魚のいる実感がわかない感じ。野池ならかんたんに一周できますし、閉鎖的な水域なので必ず魚がそこにいるという実感がありました。1日中釣りをする上でこの実感はけっこう精神的に重要です。

雑誌を見ても野池で釣りするシーンがよくあり、楽しそうだと思っていました。

ネット(というかネットの検索)を結構使いこなせるようになってきたので、googleマップで埼玉県を俯瞰して水色の点(沼や池)の密度が濃い場所を探してそこへ自転車で通っていました。

だいたい東松山や滑川、嵐山あたりだったので、本屋で小さい地図を買って家から片道5時間くらいかけて行っていました。それでも毎週のように通っていた時期がありました。かなり体力がつきました...。1日3個位の野池を巡っていたと思います。魚がいるんだかいないんだかわからない謎の場所も多々ありましたが、割と釣れる池も発見できました。

あと野池は名前が雑。2つ3つ連続してあるような場所はだいたい「上池」「中池」「下池」。もっとなんかこう...あるでしょ?

林の中に赤黒い液体の入った注射器が大量にゴミ袋に入っているのを見つけたときはビビりました。やばい。

大学生のとき

車!それにつきます。道具の質がぐっと上がったのも言わずもがな。海釣りもたまに行くようになりました。

また、徐々にトップウォーターしか使わないスタイル「トッパー」になりつつある自分を感じていました。

釣り仲間のT氏と平日深夜に唐突に「バンダイ行くぞ」と言うのが合言葉になりつつあった(万代書店という釣りの中古品も大量にある店がある)。

大学生の頃はそれ以外は案外、大きな変動もなく過ごしました。

社会人になり、完全にトッパーとして目覚めました。かつて憧れであった、バスポンドのルアーを買い、グラスロッドにダイレクトリール、カヤックまで買ってしまいました。

あとヤフオクでビンテージのダイレクトリールを買いあさりました。やばい。まさか全部落札できてしまうとは...。

あとトップウォーターしか使っていない割には、意外に魚からの反応を得られることを知りました。たぶん、1つのジャンルのルアーを使い続けることのほうが下手に色々な種類のルアーを使うよりも効率的に場所の選定やターゲットを絞る上で役に立ったのだと思います。

そして海釣りにもちょくちょく行くようになり、はたして釣りの幅が狭まったのか広まったのかという感じです。

今欲しい道具は折りたたみできるグラスロッドです。

まとめ

小学生から振り返ったらだいぶ長くなってしまいました。もっといろんなことがありましたが到底書ききれない。台風パンツ事件とか。

とりあえず当分はトッパーとして生きていく予定です。